「Be my baby」-05
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家に着くまで、ジンは何も言わなかったし
カイトも何も話さなかった。
しかしリビングの入り口を入った途端、首根っこをひっ掴まえられると
そのまま勢いよく投げ出される。カイトは抗う間もなく
宙に放り出され、その先に待ち受ける痛みに身構えるが
柔らかい衝撃に背中が跳ねたかと思うと体はソファに収まっていた。
目の前には仁王立ちになったジンの腰のあたりが見えるが顔を上げられない。
「‥‥お前は一体、何考えてんだっ!
自分が何をしようとしたか分かってんのかっ!?
俺はお前に女を誘ってみろと言ったんだっ!
それがどうしてああなっちまうんだよ!!」
ジンは頭に血が登っていた。
女ならまだ我慢もできるが、それだって‥‥。
ましてや男にカイトを持っていかれるなど許せない。ありえない。
絶対にダメだっ!!
口には出せない想いは怒声に変わってほとばしる。
頭上でガーガーとがなり立てるジンに、カイトは飼い主に叱責される
仔犬のように項垂れているが、どうにもジンの言う事が理解できない。
女、女って‥‥なんでだよ。
男も女も、関係ないじゃねぇか‥‥。
相手の性別がどうであろうと関係ない。
自分が心も体も許せるのは、ジンだけだ。
察しの良いジンが、なぜそんな簡単な事を分からないのか。
いや、分かろうとしていないだけだ‥‥。
ジンさんは、後悔している。
それは俺が余りにガキだから‥‥
気まぐれに手を出したはいいけど、俺があんまり子供で
退屈だったから‥‥。
だから女を勧めて俺を遠ざけようとしている。
ガキはガキ同士で乳繰りあえっていうことだ‥‥。
悔しさが込み上げる。
切なさに、悲しさに、情けなさに、怒りが湧いてくる。
それを必死で堪えていると、いいだけ怒鳴ってスッキリしたのか
少し落ち着いた様子のジンが、隣に腰を降ろす。
「‥‥まぁ、何だ。ヤケになって突っ走っちまう時ってのは
誰にでもあるもんだが、お前ももう少し考えてだな‥‥」
‥‥今度は説教か。
こうやっていつも子供扱いだ。
実際、子供なんだから仕方がないけど‥‥。
だったらどうして、あんな事したんだよ。
どうして俺に、あんな事したんだよ‥‥っ!
「‥‥ジンさんは、平気なんだろうから‥‥」
堪えきれず、言葉が口をついて出る。
「あぁ‥‥?」
額に当てた手で視界からカイトを遮り、考え込むように
話していたジンが顔を上げる。
愚図愚図言ったところで情けなさが増すだけなのは
分かっているが、もう引っ込みがつかない。
「ジンさんが‥‥そう言うなら、そうするよ。
‥‥誰か、適当な女を見つけて‥‥。
ジンさんは‥‥それが平気で、嬉しい事で‥‥
俺をやっかい払い出来るってんなら‥‥」
あてつけ気味にポツポツとそこまで話した時、ジンの肩先がピクリと痙攣した。
その瞬間、ザワリと肌が粟立って全身に震えが走る。
急に冷たい空気を吸い込んだように、ヒュッと息を吸ったまま声が途切れる。
硬直したまま、動けない。
ジンがゆっくりと顔をこちらに向ける。
その目を見た時‥‥
自分が生きているのを不思議に感じた。
ジンさんが‥‥‥‥怒った。
怖い
初めてそう思った。そして改めて気づく。
自分が今まで、ジンを本気で怒らせたことなど無かったということに。
いつも守られて、包まれて、大切にされてきたことに‥‥。
張詰めた空気が流れたが、ジンがふいと顔そらす。
「お前がそんな風に言うのも、無理ないか‥‥。
俺があんな事を言っちまったんだからな‥‥」
深々とソファにもたれて、後ろに組んだ手に頭を預けるその顔は
いつものジンに戻っている。
「まずいと思ったんだよ‥‥。
お前、女を知らないだろ。あれはあれで、そう悪いもんじゃない。
それを知った上で俺とってんなら、まだいいが‥‥」
「知ってますよ、女くらい」
「ああ、そうだろうな。だってお前が俺と会ったのはこんな
小さな時だったし‥‥」
「いやでも俺‥‥、女と寝たこと、ありますよ」
「うんうん、何度も言わなくていい。
修行ばっかの毎日で、別に恥ずかしいことじゃない‥‥」
「‥‥だから!女を抱いたことくらい、ありますってばっ!!」
「‥‥‥へ?」
何でこんなこと何度も言わせんだよ‥‥。
赤い顔を片手で覆って俯いたカイトをジンがまじまじと凝視する。
「‥‥何て言った?」
「いや‥‥だから‥‥女を抱いたことくらい、ありますよ‥‥」
「‥‥‥‥なんで?」
なんでって‥‥。
「だってお前、いつの間に‥‥?」
「‥‥ジンさんに、会う前ですよ」
「会う前って、おめぇ‥‥俺とお前があったのは‥‥確か○歳‥‥?」
「もう△歳に、なってました」
「‥‥‥‥早くねぇ?」
カイトはあまりの気恥ずかしさを耐えるように、
口にしっかり手をあて、ジンから顔を逸らしている。
「早い‥‥のかな。そういう環境だったし‥‥」
「でも、アレだろ?年上の女に、青い性の手ほどきってやつだろ?」
「いや‥‥まぁ‥‥どうだったかな‥‥」
「そうだろ?違うのか?」
「うーん‥‥初めの頃はやっぱ‥‥そうだったかな‥‥」
「初めの頃ぉ!?一回じゃねぇのかっ!!」
「‥‥‥‥」
「どうなんだよっ!一回じゃすまなくて‥‥その、
ちゃんと付き合ったりしてたのか‥‥?」
「ちゃんと、付き合う‥‥うぅ‥‥?」
「ハッキリしろよっ!!」
「まぁ‥そういう娘も中には‥‥いた、か・も‥‥?」
「そういう娘も‥‥"も"って‥‥一人じゃねぇのかっ!!」
「‥‥‥‥」
堪忍してくれよぉー‥‥。
「おい、どうなんだよ!何人だっ!?」
「何人って、そんな‥‥」
「覚えきれないほどなのかっ!?」
「いや‥‥ちょっと待って‥‥」
「ハッキリしねぇ男だなっ!シャッキリ答えろっ!!」
「何でそんなこと‥‥どうでもいいじゃないですか‥‥」
「いいわけねぇだろ!大事なことだ!!」
「‥‥どうして?」
「どうしてって、そりゃおめぇ‥‥それによって、俺もだな‥‥
‥‥いいから黙って話せっ!!!」
話すのか黙るのか、どっちだよ‥‥
「そういうジンさんは、どうなんですか?
教えてくださいよ。子供まで居るくらいなんだから、さぞかし‥‥。
何人です?」
ジンの仲間と酔った本人から、その武勇伝は聞かされているが
素面のジンから直接聞いたことはない。
「‥うっ‥‥俺はっ‥‥まぁ‥‥色々‥‥」
ほら見ろ、自分だって恥ずかしいんじゃねぇか。
「‥‥って、今はお前の事を話してるんだよっ!
そんなに大勢だったのか!?」
「いや‥‥そんなんじゃ‥‥」
「でも、覚えてられない程なんだろ?」
「‥そんなこと‥‥」
「‥‥これくらい?」
ジンは片手を広げる。
カイトは後ろめたそうに顔を逸らす。
「じゃあ‥‥これくらい?」
両手を広げると、カイトは項垂れる。
「おまっ‥‥最低だな‥‥」
ジンさんに、言われたくありません‥‥。
「そうかぁ‥‥そうだったのかぁー‥‥。
教えろよ、何て言って誘ったんだ?」
「俺は‥‥そんな、誘ったりなんて‥‥しませんでしたよ‥‥」
「へぇーーーーーーー」
「なんすか‥‥」
「いやぁー別に。‥‥ふぅーーーーーーん」
なんでこんな上機嫌なんだよ、この人は‥‥。
ニヤけたジンの顔が恥ずかしくて、ついいい訳じみた事を口にする。
「飲み屋や売春宿が多い街で、女はみんな退屈してたし‥‥」
「"みんな"ねぇ‥‥」
ニヤニヤと笑いながら、ジンがカイトの顔を覗きこむ。
「‥‥‥‥」
「まぁそういうことなら、お前が怒るのも無理はないな。
俺が悪かったよ、この通りだ」
ジンが深々と頭を下げるが、カイトは嬉しくもなんともない。
「でもお前だって悪いんだぜ?
ベッドの中で、あんなに可愛い風情だから
てっきり男も女も初めてだと思っちまうじゃねぇか」
「‥‥‥‥っ!!!」
遂にカイトは両手で顔を覆って黙ってしまった。
しかし、本当にすまなかったとジンは思う。
攻めたて、征服した経験がある者に
あの真綿で包むような保護者丸出しの抱き方では
さぞかし屈辱だっただろう。
ましてや既に知り尽くしてる(?)女を勧められたり
したら、尚更だ。
「ごめんな」
軽く頭に手を沿えて抱き寄せた。
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