「Be my baby」-04 ------------------------------------------------------------------------ どこをどう走ったのか。 気が付けば、夜の繁華街にいた。 ネオンの灯りを白い肌に映しながらフラフラと歩く。 今はここが居心地が良かった。 かつてカイトは、この華やかで空々しい喧騒の中に住み その饐えた空気が妙にしっくり皮膚に馴染んで懐かしさを覚えるほどだ。 ふと見ると、男が男娼宿に続く地下への入り口を覗き込んでいる。 年はジンと、さほど変わらないだろうか。 だぶついた脂肪とシワの寄った背広を身に纏い、不健康そうな目をした サラリーマン風の男だ。 初めてでまごついているといった様子ではない。 慣れた風情で店内を値踏みしている。 薄汚い男だが、その方が都合が良かった。 カイトは立ち止まると、ポケットに手を突っ込んだまま 片足を無造作に投げ出し、冷ややかな調子で声をかける。 軽く首を反らせて斜に見下す。 「オッサン、暇なら俺と遊ばない? 安くしとくけど」 気の無い様子で振り返った男が目を見張り、息を呑むのがわかる。 緩いタンクトップに、穿き古した黒い細身のジーンズ。 足にはサンダルをつっかけただけのラフな格好だが 場末の盛り場ではついぞお目にかかれない上物に ゴクリと生唾を飲み込んで、歪な喉仏が上下する。 「‥‥いいねぇ‥‥キミ‥いくつ?」 上ずった声でうわ言のように言う。 カイトが答えずにいると、開いた胸元から腕、腰と 舐めるような視線が這う。 「色‥‥白いんだねぇ‥。髪は伸ばしてるの‥‥?」 粘つく口調で言いながら、じりじりと近づき カイトの頬に触れようと、脂ぎった手を伸ばす。 うっ‥‥ダメだ。気持ち悪い‥‥っ 脆くも決心が崩れ去り、逃げようと思ったが足が動かない。 格闘になれば相手にもならない男だが、生理的な嫌悪と恐怖が先に立つ。 垢の溜まった爪先が目前に迫るのを凝視して顔が引きつる。 思わず目をつむった。 ジンさんっ‥‥ 心でその名を呼んだ時、背後から切り裂くような風が頬を掠めたと思うと 鈍い打撲音と共に目の前の男の気配が消えた。 目を開くと、遥か遠くで男の体が小気味良くバウンドしている。 「死んでないといいがなぁ」 聞きなれた、とぼけた声。 「ジンさんっ!」 振り返り、その姿を視界に捉える前に、景気良く頭をしばかれた。 「い‥‥って‥!」 頭を抱えてしゃがみこんだのは、痛みのせいばかりではない。 「おめぇは何やってんだっ!この大馬鹿野郎っ!!!」 街中に響き渡る大声で怒鳴られる。 カイトはその怒声に頭を抱えてしゃがんだまま動けない。 するとジンは、タンクトップの背中をムンズと掴んで持ち上げると 片手にカイトをぶら下げたまま、ずんずん歩き出す。 「うぁっ‥‥あ!ジンさん!!降ろして・・・!」 体が地面と水平になったまま、手足をバタつかせながら カイトが叫ぶ。 「‥‥ダメだ!手ぇ離したら、お前みてぇなバカは 何しでかすかわからねぇ!」 「も‥‥もう、しません。ごめんなさい!だから‥‥離して‥‥」 襟首が胸に食い込み、息も絶え絶えになってカイトが言うと 突然その手が放たれて、腹から地面に落ちて息をつく。 しばらく四つ這いになったまま、ゼィゼィやっていると 「何やってんだ、早く帰るぞ」 と頭上からいつものジンの声。 「‥‥はい」 カイトが見上げると、ジンはすでに背中を向けて歩き出していた。 →Next ------------------------------------------------------------------------ →裏トップ