「favorite U」
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カイトが負傷した。
‥‥‥ハント中に転んで。
顔から地面に突っ込んで、今両目が見えない。
頭にきたから包帯でグルグル巻きにしてやった。
今日も家の中で6回転んだ。
昨日は11回だったから大分頑張ってるようだ。
しかしまだまだ円の修行が足りない。
目が治ったら、鍛えなおそうと思う。
何でも自分でやろうとするが、着替えればシャツは
後ろ前だし靴下は左右で色が違う。
仕方ないからメシくらいは食わせてやることにした。
「ほれっ アーン」
「‥‥‥」
「早く口開けろよ、アーーンっ!」
「‥‥あの、自分で食える‥」
「食えねぇから食わせてやってんだろが!
グダグダ言うなっ 4度目はねぇぞ!
はい、アーーーーンっ!!」
「‥‥‥ぁ」
やっと小さく口を開ける。
何が恥ずかしいんだか顔が真っ赤だ。
どうもコイツは照れ屋というか、恥しがりが過ぎていけない。
「小せぇよ、入らねぇだろ! もっと大きく!アーーンッ!」
「ジンさん、アーンってやめて‥」
「なんでっっ!!」
「だって恥し‥」
「食わせてやってんのに文句ばっか言うなよ、早く口開けろって!」
「だから自分で食‥」
「3秒以内っ!いーちっ!にーぃっ!さ‥」
「ぁ!」
「よしよし‥」
やっと大きく口が開かれて、食い物を突っ込む。
咀嚼するが、口をモゴモゴ言わせて苦しそうだ。
‥‥一口が多すぎたか‥‥‥。
「おい、平気か? 水飲む?」
「‥‥‥」
答えず、必死で咀嚼している。
何でも前向きに努力すんのはコイツの良いとこだ。
半分ほど嚥下したところで表情が変わった。
「美味い‥‥」
「良かったな。次いくぞ」
「柔らかいの、これ何‥?すげぇ美味い‥‥」
「ユリの根だ。煮物に最適。気に入ったか?」
「はい」
「んじゃ次は里芋な。はいっアーーンっ!」
「‥‥ぁ」
柔らかく煮た里芋は順調に咀嚼している。
やはりコンニャクと人参とユリの根を同時に
突っ込んだのはマズかったか。
「美味い すごく‥‥」
「筑前煮、好きか」
「はい でも筑前煮は作るのが手間で‥」
「そうかぁ? はいっアーーンっ!」
「‥‥ぁ」
旬の竹の子。今朝俺が採ってきた。
奴の口元に幸せそうな笑みが浮かぶ。
素直で単純なのもコイツの良いとこだ。
「具材ごとに分けて、それぞれ煮なきゃなんないし‥」
「んな面倒な事しねぇよ。全部ごった煮」
「ぇえー?」
「火の通りの悪いものから順にだけどな。
はいっアーーンっ!」
「‥‥ぁ」
満足げに味わいながら咀嚼している。
コイツに美味いものを食わせるのはけっこう楽しい。
はっきり言って、餌付けの気分だ。
「これ‥‥?」
「白身の魚。西京漬けだ」
「‥‥最強?」
「んーと、まぁ‥‥魚を酒の粕に漬けたもんだ。」
「へぇ‥‥でも普通の粕じゃないような‥」
「分かるか? 味噌混ぜた」
「ミソ?」
「うん。味噌ってのはソイと塩とライスのイースト菌を混ぜて
発酵させたパテだ。お前も使うだろ」
「あぁ‥‥あれ。ミソっていうんですか」
「そ。はいっアーーンっ!」
「ぁ」
次が楽しみらしく慌てたように口を開ける様子が可愛いっつーか、
食い意地張ってるっつーか。食わせ甲斐のある奴だ。
「‥‥ふまい‥‥‥」
「分かったから食ってからしゃべろ」
「‥‥ん‥はぃ‥‥」
「次いいか?」
こっくり頷く仕草が妙に子供っぽくて昔のコイツを思い出す。
全く俺に断わりもなく、こんなにでっかく育ちやがって。
急に大人の顔して俺を参らせてみたり、こんなガキ丸出しの
顔してみたり‥‥。
分かってんのか? 俺のがよっぽど振り回されてるって‥‥。
「はい、あー‥‥‥」
「‥んんん‥‥‥!」
不意打ちで口付けてやると、ブンブンと腕を振り回して慌てている。
顔そらしゃいいのに‥‥。
程良く間抜けなとこも、コイツの良いとこだ。
「何、すん、ですか‥!」
「悪ぃ悪ぃ 俺も腹減っちまって、つい」
「へ?‥‥あ、そっか‥‥‥あのジンさん、どーぞ食べてください」
「え、‥‥‥‥あぁ‥‥うん」
本気で食いにかかったら怒り出すくせに‥‥。
自分が何言ってんのか分かってねぇよな。
「まぁ‥‥‥‥お前が食い終わったらな。ゆっくり頂くよ」
「そうですか?‥‥すみません」
「おぅ はいっアーーンっ!」
「ぁ」
あからさまにでは無いが、早く食事を終わらそうと
神妙に咀嚼しているのが可笑しい。
いいからさ、ゆっくり食えよ‥‥。
「‥‥明日、何食いたい?」
「ふぁぃ?」
「明日のメシだよ。食いたいもん作ってやる」
「‥‥え、でも‥‥明日は俺が‥」
「まだ無理だろ。何食いたいんだ早く言え」
「はぁ‥‥‥‥‥‥んーとじゃあ、筑前煮とサイキョー漬け‥‥」
「はぁ? 今食ってんだろが」
「明日も‥‥食いたい‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥‥」
まぁいいけどな‥‥。
全くもって単純というか素直というか。
‥‥‥こういうとこも、コイツの良いとこだがな。
end. (041209)
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