「あたたかい雨」

J.ミドリカワ








 小さい頃から嵐が好きだった。
 特に雷雨の日は、轟きの間隔が狭まってくると居ても立ってもいられず外へ飛び出し、びしょ濡れになるのも構わず空を眺めていた。
 見上げた顔を容赦無く叩く大粒の雨、空全体が一瞬にして白く光る様、身を裂かれるような高音、引き倒されるような低音、空のエネルギーを凝縮させたように地面に突き刺さる稲妻、そんなものにどうしようもなく惹かれた。

 その稲妻が、この身を貫く幻想に昏い歓びを覚えるようになったのはいつからだっただろう。





 ふと、張り詰めていた気が一方的に緩んだ。

「あー、やめやめ」
 こんな雨の中組み合ったら汚れちまう、などとらしくもない事をぼやきながらジンはマントを羽織った。あっという間に視界が霞む程の土砂降りになった雨に、カイトの方はむしろ泥だらけの身体を洗い流してもらったようなものだったのだが。
 カイトも雨が降り出す前から微動だにしていなかった構 えを解いた。今日の修行はジンの故意に作るスキを見出して攻撃を仕掛けるもので、自分も手応えの感じられる面白いものだっただけに物足りなかったが仕方が無い。ジンが自分の気の乱れに気付かない訳も無かった。

「帰るぞ」
 言い置いてジンはさっさと歩き出す。その背が稲光に明るく照らし出されるのを眺めながら、カイトは白々とした光に高揚する胸の内を自覚し、少々持て余していた。




 家に飛び込むと、多量の水滴が木の床に染みを描いた。それを一瞬呆けたように見ていたカイトの手許にずっしりとなったジンのマントが放り投げられた。見るとジンは、くそっ気持ちワリイナなどと悪態をつきながら濡れたシャツを引っ張っている。

「・・・風呂場で脱いで下さい。床が濡れちまう」
「もう、おせーよ」
 二人の足下はすでに小さな水たまりになっている。勿論そんな事はカイトも承知の上で。


 下着までびしょ濡れにした冷たい雨は、家の外でその勢いを増し、古いカーテンの掛けられた窓がひっきりなしに四 角い形を露にしている。カイトは明かりもつけず薄暗い室内を横切り、風呂の浴槽にジンのマントを放った。

 途端、また風呂場を白く瞬かせた窓外の光に、胸を鷲掴みにされる。



「・・・と思わねぇ?」
「えっ!?」
 突然すぐ背後から話し掛けられビクリとする。服も脱がずにシャワーのコックをひねったジンは、カイトの耳元まで顔を寄せて、表の轟音にかき消された言葉を繰り返す。

「雷ってさ、えらく興奮すると思わねぇか?」

 カイトはジンの顔をまじまじと見返し、その不穏な熱を帯びた目の色に言葉の意味を正しく理解し、ほんの少しの間の後、力が抜けたように浴槽の縁に座り込み俯いた。そして、そのままこらえきれないというふうに笑い出した。

 込み上げる笑いの発作はなかなか納まらず、カイトは何かを吐き出し続けているようだと思う。

 そう、きっかけはいつもあんたがくれる。こんなにも馬鹿らしく、あっさりと。



 くくく、という笑い声を止めないままジンを見遣ると、 何だよ、と声音だけは不満そうにニヤニヤとしたままカイトを平然と見下ろしている。

「そうですね。どうなっても構わないってくらいには・・・」


 稲妻が走った瞬間、ジンの濡れて身体に張り付いたシャツから締まった筋肉を包む肌が透けて見え、身体の芯がぞわりと熱くなるのをいっそ快く感じる。
 そうだな、今は窓の外よりあんたを見ていよう。そうすれば、俺はもうあの光の元立ち尽くす事は無い気がする。



 胸倉を掴まれて立ち上がらされ、乱暴に唇が重なる。カイトもジンを壁に押し付けるように身を寄せ、背に腕を廻す。頭上からは温かくなったシャワーが二人に降りそそいでいた。





end



<ミドリカワさんよりコメント>
かんり様、1万hitおめでとうございます! お祝なのに全然甘く無くてごめんなさい。カイトはジンをあんた呼ばわりだし・・・
しかもこんなところで終わっちゃダメ??



良いかダメかと聞かれれば‥‥‥ダメに決まってるじゃないですか!というトコで十分に余韻を残して終わるテクが上手過ぎる!! ミドリカワさん、全くもって憎いお方‥‥!

読むにつけ鳥肌が止みません。目眩を感じるほどに急速にこの小説世界に引きずり込めれました。 なんという色っぽさ。ジンも、そしてカイトも‥‥!全くおまいらは男同士で何をやっているのかと。 おまいらに抱かれる幸せを、何故女に分けてやらんだのだと。もー二人並べて正座させて説教たれたいほど色っぽい‥!! 単品でも十分に抱かれたい男No.1間違いナシの二人が絡むというこの贅沢!!あぁ、生きてて良かったっ‥!

まずは一段落目からが上手過ぎです。この小説の世界観が、カイトさんの内面が、 ここだけでもうすっかり表現されていて、その後のエピに全く違和感なく のめり込めるのです。薄暗い部屋、雷鳴に浮かび上がる四角い窓。何気なさを装う、どこか上の空の会話。 本当にその部屋にいるかのように視覚化されつつ、胸の昂ぶりを抑え切れません。 そしてその後の‥!!!!
背後に突然聞こえた声の描写に私もドキリと背中が跳ねました。声が聞き取れないことに託つけて耳に寄せられる熱い息がリアルに感じられてもぅ‥‥もぅ‥!(マジスイマセン;)
「その不穏な熱を帯びた〜」のくだりで管理人、完っ全に魂虚脱状態です。脳内噴射でこの世にサヨナラしてました。「不穏」。二人の間に張詰める湿った空気。音も無く、しかし確実に熱く昂ぶる何か。ジッと息を潜めて目だけを爛々と光らせる狂った獣。もうギリッギリの緊張感。そしてほんの少しのキッカケで一気に弾け、喰い千切られて飲み込まれる甘美な悦楽‥‥。
そしてその獣はカイトさんの中に潜んでいるのです(もちろんジンにも)。 ジンに欲情する、ある意味攻めなカイトさん。んぁぁぁんもぉっ!!!‥‥大好物ですがっ!!カイトさんは男なのですよ!バッチリ性欲だってあるし惚れた男の濡れたシャツが貼り付く肌に欲情するのは当然で、その上非日常の世界に身をおくハンターです。クールでスマート、弱い者に見せる温厚な顔の影に、どこか自分の命を危険に晒してスリルを楽しむ狩る者の穏やかならざる顔を隠しているのですよ!(そうですか) イカレた刺激を求めずにいられないイカレた男のイカレた欲情。大地を轟かす雷鳴に貫かれる夢想で尚、満たされなかった狂った欲情が、ある男によってやっと満たされるその瞬間‥‥!

そんなリミッターギリギリの瞬間を、よく切れる刃物でパッツリと切り取ったようなこの小説。上手過ぎですよドコンチクショウッ!!もー前屈みのまんま感想書いて当分真っ直ぐ立てそうもありませんがどうしましょう(知るか) そこらのサスペンス小説などより何倍もドキドキで口に手をあてながら目ぇ見開いて生唾飲んで読ませていただきました‥!

ミドリカワさん、危険度(萌え度)AAAの小説、ありがとうございましたっ!

(041212)
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