「G・I にて U」-01
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俺はいつものようにダンベルを持ち上げ、今日も筋トレに励んでいた。
真新しい匂いのする体育館は、端に設えたバレーコートがずいぶん遠くに
見えるほど広く、床はピカピカに磨き上げられている。
壁にズラリと並んだ窓からは、柔らかな日差しがいっぱいに差し込んで、
軽く体を動かせば全身から汗が均一に流れる。
背中で汗をかけるのは、良質の体を持つアスリートの証。心地よい。
俺の気分は今、実に爽快だ。

今日完成したばかりの体育館。ここが今の俺の根城。
今だけじゃない、当分は‥‥‥いや、この肉体が衰え責務が果たせなくなるまで、
俺はずっとこの飾り気のない四角い城に住むだろう。
小さな島の東南の端。周囲は緑の平原、見下ろせば果てしなく続く大海原。
娯楽施設など何もない。古ぼけた灯台が、ポチリと立っているだけの場所。
無理に岬から西に向かって船を出せば、一番近い大陸にたどり着けなくはないが、
俺は許可が無ければ島から出ることも叶わない。
そう聞けば、なんて不自由な身の上だと思うだろう?
だけど俺に不満は全くない。実に爽快、この一言に尽きる。
俺は今、信頼と為すべき事を得て、ここにいる。
とうに諦め、探すことにも疲れきっていた自分の本当の居場所を手に入れて、
そこに身を置くことに何の不満があるというんだ。
本来ならば、俺は灰色の高い高い壁に囲まれ、信じることも、信じられることも知らず、
ただ亡羊と一生を終えるはずだった。
それが似合いの人生だった。‥‥‥あの男に会うまでは。

プルプルと、穏やかな電子音が体育館に鳴り響く。
同時に壁に取り付けた赤いランプが点滅する。
試合中は、競技に合わせて音かランプのどちらかのスイッチを切る予定だ。
午前中に行ったテストの結果通り、全て順調に稼動している。
俺はダンベルを棚に戻し、通信機が置かれた奥の事務所に移動した。

「レイザー? ジン着いたわよ。すぐ城に来てー」

「了解」

短く答え、通信を切った。
あの男に会うのは久しぶりだ。チラリと横の姿見に映った自分を見る。
染めていた髪は、元の黒髪に戻した。筋肉のバランスは以前よりずっと良いと思う。
城に住む仲間は、俺の人相も大分変わったと言うけど、自分じゃよく分からない。
トレパンは‥‥着替えた方がいいか?
「海賊らしくねぇ」とか文句を言われるかもしれない。
でも着替えるったって、俺はトレパンとジーンズしか持ってない。
だいたい海賊らしい衣装って、どんなのだ?マサドラに売ってるかな?
まぁその事も、会って相談すればいいか。

俺は気合を入れるように両手の平でバチンと頬を叩くと、事務所から出た。
出口へ向かおうとした時、勢いよく扉が開き、一陣強い風が吹き込む。
俺は生まれつき細い目を、さらに細める。
はためくマント。舞台効果満点。扉に溢れた逆光を背に、あの男が立っていた。

「よーぅ!久しぶり!」

「あれー、今城に着いたって」

「うん、体育館出来たって聞いたから見に来た。いいねぇ!いい感じじゃねぇ!?」

「そーっスね」

「不満ねぇか?」

「ないね。試合の相手がいないことぐらい」

「すぐ来るさ、団体様でな。ここまで来る奴はけっこうな手練だし、退屈はしねぇだろ」

「まぁね。俺も殺さない程度に張り切るさ」

俺の軽口に男は‥‥ジンは、ククと楽しげに笑うと、リングのマットに登ってみたり、
高い天井を見上げたり、チェックをしてるというよりは楽しげに見物している。
城へ戻れば他の仲間との打ち合わせが待っている。経過を報告するなら今がいいだろう。

「兵隊は14人揃ったよ。先週入った男が最後で、ボクシングに使えそうな放出系。
おおむね問題ないんだけど、ついこないだまでショバで暴れてた奴らだからな。
目ェ離すとヤバいのも‥‥‥ジン、聞いてる?」

ジンはフラフラと歩き回り、窓枠に手をかけて外を見てみたり、意味もなく照明の
スイッチを入れてみたり、全く落ち着きがない。
各種のボールを収めたケースに興味を示し、一つ取り出し、リフティングを
始めたところで、俺は呆れた声を出した。

「おぅ、聞いてるよ。おおむね問題ないんだろ?」

聞いてたの、そこだけかよ。

「まぁそうなんだけど、メンバーまで俺が決めて良かったのかよ」

「なんで?」

「確かに14人いりゃ都合が良いとは言ったけどさ、何か問題でも起こした日にゃ‥‥」

「そりゃ問題起こるだろ。凶悪犯が14人も集まりゃ」

「はぁー!? いいのかよ?
俺はアンタに雇われてム所を出たが、身分が死刑囚なのは変わりない!
だから俺が雇う奴らだって、アンタに雇われてるも同然だ。
‥‥‥何かあったらアンタにも迷惑かけちまう‥‥」

「しょーがねーだろ、俺がお前を雇うって決めちまったんだから。
まぁ成り行きで俺が最高責任者ってことになっちまってるが、
普段ここにいねー奴が、細かい事アレコレ言っても意味ねーし。
お前らの仕事は問題が起こんねーようにすること!
俺の仕事は問題が起こった時だけ尻拭いすること!
どー考えても俺のが気楽だろ。だからお前、好きにやれよ」

「‥‥‥」

ほんっとにイカれてんなこの男は。
ゴタゴタした時にケツまくんねーで責任取んのが、一番大変だろうが。

「とにかくここは、お前に任せてっからよ」

ジンが踵でポンと蹴り上げたボールは高く舞い上がり、スッポリとケースに収まる。
そして一つ、俺の右腕を叩き出口へと向かう。
この男は何一つ変わっていない。以前と同じ、デカくて暖かい手だった。


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