「頑張れカイト君」-07 ------------------------------------------------------------------------ ぐったりとしたカイトの体をそっとソファに横たえた。 床に放られたシャツを拾い上げると大切にカイトの体を包む。 そして一つ息をつくと、ジンは音もなく裏口から外へ出た。 人の気配には、カーテンを閉めようと窓辺に立った時から気づいていた。 カイトの異常と無関係とは思わなかったが、その取るに足らないオーラでは そいつらがカイトを捕らえ暗示をかけた首謀者とは思えなかった。 闇に視線を巡らせ、すぐに茂みに潜む2つの影を見つける。 ズングリとした小柄な中年男と、顔も体もひょろりと長い若い男。 二人とも黒いスーツに身を包み、黒いサングラスを鼻からズリ下げ、鼻の下を 伸ばすように顔を覗かせて家の方を伺っている。 ジンは二人の目の前を通り過ぎ背後に立つが、一向に気づいてもらえない。 「おい」 「‥‥ひぃっ!?」 仕方なく声をかけると凸凹コンビの体が飛び跳ねる。 二人が振り向き悲鳴をあげた時には、その器具を手中に収めていた。 「これ‥‥ス○パーのショップチャンネルで見たな‥‥。 余興のオモチャって紹介されてた気するが‥‥」 「おまっ‥‥‥おまままままさか‥‥ジジジジジ‥‥!」 「‥‥ぁあっ!?」 一睨みすると、二人は体を寄せ合って腰を抜かしている。 痛めつける、気力も萎える。 「もーいーや、お前ら。もぉいい‥‥」 悲しげに呟くと、ライトのスイッチを入れる。 「わわわわ、やめてっ‥‥!」 「目ぇつぶればいいだろが。馬鹿かお前らは。いや、馬鹿なんだよな‥‥」 光を当てると、二人はすぐにトランス状態に陥りヘナヘナと座り込む。 目はぼんやりと虚ろになり、口を半分あけたまま動かなくなった。 「あーもーどうしよっかな、面倒くせぇなぁ‥‥。 んーと、‥‥あーお前ら、いいか?よっく聞けよ?」 二人がジンを見上げる。 「お前ら、これからハンター協会行け。ハンター協会の本部。 場所分からなかったら人に聞きながら行け。迷子になんなよ?」 「‥‥‥はい」 「んで協会行ったらな、『ネテロってジジィ出せ!勝負してやる!』って叫びながら暴れろ」 「‥‥‥はい」 「分かってんのか?ネテロだぞ? まぁやれる範囲でいいからさ、派手に暴れろよな。 つっても事務机の一つでも壊せりゃ御の字だろうが‥‥」 「‥‥‥はい」 「‥‥ほんとに分かってんのかよ‥‥‥。まぁいいや。そんでな、俺らの事は忘れろ。 ‥‥忘れてくれ。特に金髪のガキの事とか。オモチャで催眠術かけましたとか 口が裂けても言うな。俺が恥ずかしいから」 「‥‥‥はい」 「分かったらもう行け。ぜってー俺とカイトの名前出すなよ。 出したらブッ殺しだかんな?」 「‥‥‥はい」 フラフラと肩を寄せ合いながら去っていく二人の背中を ジンは溜息と共に見送った。 足早に家へ戻りながらフツフツと怒りが湧いてくる。 ‥‥ったく、あのガキは‥‥‥! あんな馬鹿共に、いいようにされやがって‥!! 蹴破るようにしてドアを開け、ズカズカと部屋へ踏み込む。 俺が甘かった。一から鍛えなおしだ! 明日っから‥‥‥いや、生ぬるいっ!今からだ!! 今すぐ叩き起こして、ガッツリ根性叩き直してやるっ!!! カイトを寝かせたソファの前に回り、頭を鷲づかみにしようと手を伸ばす‥‥‥が。 まだ少し青白い顔色でカイトは眠っていた。 病的に赤い唇が、先ほどまでの狂騒を痛々しく伝えている。 しかし悲痛な表情はもう消え去り、深く、穏やかに眠りを貪っている。 ジンがかけたシャツからまだ幼さの残る肩先がほんの少し覗いていた。 「‥‥‥‥‥」 止めた手を再び伸ばし、頬にかかって細い寝息に揺れる金髪を そっと払った。我ながら、甘い。分かっている。‥‥けど。 まぁいいか‥‥。しごくのは明日っからだ。 今日だけだ。甘やかすのは、今日限り‥‥。 傍らにあぐらをかいて寝顔を眺め、どれくらいの時が経っただろう。 砂金を散らしたような睫が震え、ぽっかりと青い瞳が見開かれた。 「‥‥ん‥‥‥あれ‥‥?」 「気づいたか?」 「‥‥あれ、ここ、家? 俺、いつの間に帰って‥‥?」 どうやら催眠状態の時の事は忘れているらしい。 忘れたなら、それでいい。またカイトの思考を乱して 痛々しい声を聞くのは嫌だった。 「あぁ、まだあんま考えるな。もう心配ねぇから」 「‥‥‥‥」 「頭、まだ痛むか?」 「‥‥‥‥‥‥」 「‥‥カイト? 大丈夫か?」 「ジンさん‥‥」 「おう」 「何で俺、裸なの‥‥‥」 「‥‥へ? あ、それはお前、その、あれだ‥‥」 「なに、これ‥‥‥」 確認するまでもなく、嫌でも目に飛び込んでくる。 歯形やら何やら、白い肌に多数刻まれた愛の跡‥‥。 「ジン、さん‥‥‥?」 「あ、いやっ!俺じゃないっ‥‥くもないんだけど‥‥‥んとだから、お前が 自分で脱い‥‥てかいや、下は確かに俺が‥‥いやその、」 不安げに問われ、やましさに言葉が滑る。 曖昧な説明に絶望的な空想がよぎったのか、カイトの表情が不安から 脅えへと変わった。 「ジンさんじゃないのか‥‥? じゃあ俺、一体‥‥!? ‥‥‥もしかして俺‥‥誰かに‥‥‥」 「‥‥はぁっ!!?」 カイトを他の男の自由にさせるなどありえない。仮定とはいえ一瞬でもそんな 空想が頭をよぎり肌が粟立つような不快感を覚えた。 「んなわけねぇだろっ!俺がやったに決まってんだろがっ!!!」 「ジンさんが‥‥‥‥」 カイトは安堵の呟きをもらしたが、次の瞬間から徐々にその顔に疑惑の 色が浮かぶ。 「あ、いや‥‥えぇと。‥‥‥‥あのな、とにかく俺は悪くねぇんだよ。分かるよな? 不可抗力っつーか、あの場合仕方ないっつーか、まぁ色々あったってゆーかだな‥‥‥」 「‥‥‥全然分かんない‥‥‥」 うんまぁ、分かんねぇだろな‥‥。 そうは思うが、カイトを傷つけず、尚且つ自分のやましい部分も省いた上手い 説明がとっさに浮かばない。 「いーから分かれよこれでっ!‥‥って分かんねぇか‥‥‥っったく面倒くせぇなぁっ!! 元はと言えばお前があんなチャチなオモチャで催眠術なんかに‥」 「オモチャ!? 催眠術っ!!??」 「ちっが‥‥!! や、違わねぇんだけど、えとその‥‥」 「酷い‥‥こんな‥! 俺を眠らせて、こんな‥‥‥!!」 ‥‥それは誤解だ!俺はそんな卑劣な真似はしていないっ! 他人がかけた催眠術に便乗して、脱がせて楽しんだだけだ!! 「そう、すごく楽し‥‥‥‥‥‥‥って、違うってっっ!! 仕方ねぇだろ!お前があんな風に誘うから俺だって‥」 「誘ったっ!? 俺、そんな真似したのか!!?」 言えば言うほど会話がこじれる。 「いやっだからっ! しょうがねぇな、初めっから説明するか‥‥最初‥‥‥そうそうっ! 要はお前が間抜けなのが悪いんだろっ!簡単に催眠術にかかってホイホイ脱いで乗っかって! そんな状況なら誰だって‥‥」 「ぬぃ‥‥‥‥っ!! ホイホイっ!!? 乗っ‥!!??」 絶句したカイトの顔は、すでに唐辛子みたいに紅潮している。 やばい、やばい、やばい‥‥。 「‥‥落ち着けカイト、な? いい子だから落ち着いて俺の話を‥」 「‥‥ぃ‥‥だ、この‥‥‥!」 「‥‥え‥」 「‥‥最低だっ!!この変態エロ親父っ!!!」 「最低だっ‥‥ 「最低だっ‥‥ 「最低だっ‥‥‥ 怒声を叩きつけ、カイトはその辺の衣服を鷲づかみにして体を覆うとバタバタと部屋を 飛び出していく。しかしジンは胸に突き刺さった言葉がリフレインして、呆然と 立ちすくんだまま後を追う事もできない。 遠くでドアが叩きつけられるように閉まり、カイトの足音が遠ざかっていく。 「‥‥‥ひでぇ‥‥‥‥‥最低ってカイト‥‥‥‥‥‥‥最低‥‥‥」 小さく声に出して呟くと、急激に目の底から込上げてくるものを感じて 慌ててこらえる。自業自得とはいえダメージが大きい。何とか立ち直ろうと 気をそらすように思考を他に移した。 つーか腹減ったな。まぁあいつも腹減ったら戻ってくんだろ‥‥。 なんか疲れたよもぅ‥‥‥‥いいよ、一人で外食するし‥‥‥。 そう思って尻のポケットを探るが財布がない。そういえばカイトが買出しに行く前に 預けてそのままだ。ハンターカードはあるにはあるが、一般人に馴染みのないそれを 近所の飯屋で見せても不審に思われるだけだろう。あげくに食い逃げ扱いされて 警察を呼ばれるのがオチだ。 とはいえ財布やライセンスなど無くても飯を食う方法など、いくらでもあるにはあるが‥‥。 『今日は寒いし鍋にしましょうか』 『いいねぇ! チゲ鍋‥‥すき焼き‥‥‥やっぱ水炊きかな』 『じゃあ水炊きにしますか』 『うん、こないだのツミレ食いたいな。お前の手作りのやつ』 『あ、はい。タレはポン酢でいいですか』 『あぁ。あー楽しみだな。腹へってきた』 『急いで行ってきますよ』 出掛けのカイトと笑顔で交わした会話が胸に甦り、ほんの一瞬マッチを 擦ったように心が温もるが、現状との落差を思い出し余計に切なさとひもじさが募った。 「‥‥‥‥カイトぉ‥‥‥」 涙声で呟いたとき、腹の虫がグゥと鳴った。 end.                   (041126) ------------------------------------------------------------------------ →トップ