「Uninvited Guest」-06 ------------------------------------------------------------------------ こいつ、ヤバい‥‥。 カイトはまじまじと男の端正な横顔を凝視した。 こいつ、ヤバすぎる。 おやつ抜き?新発売でイチゴが‥‥ココア?何だって? 明らかにネジが一本ブッ飛んでいる。 訳がわからずジンをみると、さすがにキョトンとしてはいるが妙に納得した表情だ。 一体今の話のどこに納得する部分があるというのか。 そんなことより、早くジンにこの男を追い出して欲しかった。 早くいつものように二人で朝食を食べてジンの口から昨日のハントの話が聞きたい。 盗掘団を相手にどんな冒険をしたのか。 ルビーはどれ程の素晴らしさだったろう。 ジンはカイトに先に家へ帰れと命じたとき、首尾よくルビーを見つけたら ちゃんと写真を見せてやると約束してくれた。 そういう約束をジンは決して忘れないのに、今日はこの男に気をとられてばかりいる。 「あー腹がへったな」 ジンの声にカイトは我にかえる。 「メシ、食いますか」 「うーん、そうだな。この男にも何か食わせてやれ。 お前、何が食いたい?」 えーーーー!!!冗談じゃないっ! なんでこんな男に! 一瞬目を剥くが、すぐにその表情を引っ込める。 ‥‥仕方が無いか。意識をなくして倒れてたんだ。 すぐに追い出すってわけにもいかないし、ジンさんならそう言うよな。 でも作るとしても、お粥くらいだ。ジンさんも何が食いたいだなんて いちいち希望を聞かなくたって‥‥。 カイトが心の中で愚痴をこぼす間、男はしばらく考えていたが 「ハンバーグ!」 大きな黒目がちの瞳をジンに向け、さっきまでと打って変わって 何やら必死な声で言う。 「‥‥はぁ?」 カイトは露骨に片頬を歪め、不快さを隠しもしない声で聞き返した。 男がムッとした顔でジンからカイトに視線を移す。 そういえば、この男の人間らしい表情を見るのは初めてだ。 「お前に言ったんじゃない。このジンて人に言ったんだ。 何食べたいって聞かれたんだから、食べたいもの言って悪いのか」 「うるせーよ。この家では料理は俺が作るの! 朝っぱらからそんなもん、作れるかっ!!」 「じゃあコロッケでいい。カニクリームのやつ。 人参やピーマンの付け合わせの心配はしなくていいぞ」 「そりゃどうも‥‥‥って、お前なぁ!!バカにしてんのか!?」 「バカになんかしていない。お前、料理をすると言う割には 作れないものが多すぎるな」 「‥‥‥っっ!!」 「まぁまぁ待て待て二人ともっ!」 ジンが割って入ると、カイトは男を睨みつけたまま押し黙り 男はスネたようにそっぽを向いた。 「しょうがねぇな。たまには俺が作るか。ハンバーグだな? カイトは何が食いたい?作ってやるぞ」 「‥‥‥?」 カイトははっきりと違和感を覚えた。 ジンはガキ同士の喧嘩を収める為にご機嫌をとるような真似をする男じゃない。 黙れと一喝されるなら良い方で、通常ならば二人とも外に放り出されて それで終わりだ。何かを隠してる。後ろめたい何かを隠して、この場を 繕おうとしている。 思えば帰った時から変だった。妙なほどの上機嫌。汚れた膝。必要のない嘘。 覗き込む視線。風呂に向かう情け無い後姿。 取るに足らない、しかし連続した違和感‥‥。 そう考えると自分がこれ程までに苛ついているのだって理由がつく。 今日初めて会う男が少しくらい口の聞き方を知らなくたって こんなに怒る必要は無い。ジンの不自然さが気づかぬうちに 自分を苛立たせたか。それとも全ては気のせいで、突然家に 迷い込んできた男の非常識なまでの美しさに自分は毒気に当てられたのか。 だからこんなに心が落ち着かなく、ジンの態度も不自然に映るのか。 「‥‥カイト、聞いてるか?」 「あ、ごめんなさい。なんですか?」 「なんだよ、ボンヤリして。ハンバーグの材料あるか?」 ジンが苦笑いしながら聞いている。 「あぁ‥‥肉がないです。すみません。今日買い出しに行くつもりだったから」 嘘だった。ジンが帰った時に備えて買出しは昨日の内に済ませてある。 気のせいか。ジンの目が光った気がした。 「そっか。じゃあ悪いがひとっ走り行って買って来てくれよ」 「嫌です」 「‥‥‥へ?」 自分でも信じられないほど拒絶の言葉がすらりと出た。 ジンの頼みごとを、こんなに素気無く断わったのは正真正銘初めてだ。 ジンも豆鉄砲をくらったハトのように呆けた顔でカイトを見ている。 顔が赤らんだ。自分はいったい、どうしたんだろう。 でも、嫌だった。 ジンは何かを隠してる。隠し事はいつものことだが今日のは違う。 嫌だった。ジンとこの男を二人だけにするのが嫌だった。 「そ‥‥そうか。嫌なら‥‥しょうがねぇな」 ほら、やっぱりおかしい。 自分のこんな態度にジンが大人しく引き下がるだなんて、ありえない。 住み慣れた部屋が息苦しい。ジンはわざとらしく咳払いをし、カイトは むっつりした顔でソファに腰掛ける。男は‥‥ こいつ‥‥! カイトが見ると、男は再びスヤスヤと眠り込んでいた。 誰のお陰で、こんなことになってると思ってんだっ! また怒りが湧いてはくるが、男が寝込むのも無理はないと思う。 強気な口をきいていても、一度もソファから立ち上がっていない。 その顔はまだ蒼白で、立ち上がる事が出来ないのだろう。 だけど‥‥それにしたって、緊張感てものがねぇのかよ‥‥。 苛立ちを含んだ息を大きく吐く。何だかおかしな感じだった。 立ったまま居たたまれない顔で頭を掻くジン。押し黙って俯く自分。 その向かいで、この男だけがあどけない顔をしてスヤスヤと眠っている。 その邪気のない顔に比べ、こちらの二人の顔は煩悩だらけだ。 無性に悲しくなって腹が立ってきた。 今ここにいるのは、自分の知ってるジンじゃない。 まるで初めて会った他人みたいだ。 よそよそしくて、何を考えてるのかわからなくて‥‥。 今までこんなことはなかった。 大胆な発想に驚かされて、その思考についていけないことはあっても 気持ちまでがこんなに離れていると感じたことはなかった。 この男のせいだ。この男がやってきてから、何もかもが変だ。 そんなカイトの様子に気づいたのか、チラチラと男を盗み見ていた ジンがやっとこちらを見る。 「どうした‥‥腹でも痛いか?」 身を屈め、心配げにカイトの目を覗きこむ。こんな申し訳なさそうな 顔つきは珍しいけど、それはいつものジンのように見えた。 →Next                       (040506) ------------------------------------------------------------------------ →トップ