「Uninvited Guest」-01
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いつもと何も変わらない、平和な休日になるはずだったんだ。
そう、アイツが来るまでは‥‥‥。
一体何が災いしたのか。
それはもしかしたら、クリコから『丸ごとイチゴプッチンプリン』が
新発売される前日にクロロが名も知らぬ男たちの口車に乗せられた
せいかもしれないし、その日に限って団長付きの当番がヒソカと
シズクだったせいかもしれない。
でもそんなことはカイトには知る由もないことだったし
実際、知る術もなかった。
「何度言ったらわかるんだ!?
おやつを奢ってやると言われても、知らない男について行ったらダメだって
あんなに言ったじゃないかっ!」
ここは悪名名高い幻影旅団の隠れアジト。
冷酷非情、残忍無比、その名を聞けば泣く子も黙るという盗賊団の
首領は今、トレードマークの黒いファー付きロングコートの前を両手で
ギュッと握り締め、サクランボ色の小さな唇を固く結んで俯いていた。
目の前には彼の右腕ともいえる団員の一人がみぞおちに手をあて、
こめかみに青筋を浮かせて立っているのを大きな黒い瞳で上目遣いに見る。
「‥‥だけどシャル、お前が言ったのはプリンを奢ってやるって
言われた時のことだろう?
でも今回は俺、チーズのムースだったから、いいと思ったんだ」
「そういう問題でもないと、いつも言ってるだろう!
プリンだろうとムースだろうとタルトだろうと、とにかく‥‥だからっ!
とにかくっ!明日はおやつ抜きだっ!!」
シャルナークがついに伝家の宝刀を抜くのを聞き、クロロは顔を上げ
もう潤みはじめた瞳を大きく見開き訴える。
「そんな‥明日は‥‥明日のおやつは‥‥。
シャルだって知ってるじゃないか!
明日はクリコから『丸ごとイチゴプッチンプリン』が発売されるんだ。
今までのプッチンプリンとは、ちょっと訳が違う。
イチゴ味なだけじゃない。イチゴが丸ごと入ってるんだ。
プルンッって皿に落ちてくる中に、イチゴが丸ごと‥‥」
もちろん知っている。
ここ最近、コンビニの前で立ち止まっては、店先に貼られたポスターを
眺めてクロロは溜息ばかりだ。明日の発売日を指折り数えて大好きな
プッチンプリンを食べる時だって、新しいイチゴ味を想像してちょっと
物足りなさそうに上の空だったことだって知っている。
だけど‥‥。
「‥‥くっ‥そんなっ‥そんな瞳で見たって、今回はダメと言ったらダメだっ!」
「‥‥‥‥」
まるで可愛がっていたハムスターが死んでしまったのを
悲しむ子供みたいに目に涙をいっぱいにして顔を伏せたクロロを見ると
シャルナークはさすがに胸が痛んだ。
やっぱり明日、クロロに新発売のプリンを買ってあげよう。
でもそれは直前まではクロロには内緒だ。
しょんぼりしているクロロの前に、さっとプリンを差し出して、こう言おう。
「ほら、クロロ。俺が本当にクロロが楽しみにしてるプリンを
食べさせないと思ったのか?」
そうしたらクロロは、喜びの余り俺にすがり付いてくるかもしれないな。
華奢な腕を俺の首に回して、マシュマロみたいな頬をこすりつけて‥。
いいかもしれない。たまには俺にだって
それくらいの幸運が訪れたっていい。一石二鳥だ。
それまでは、ちゃんとクロロに反省させておかないと‥‥。
そんなシャルナークの胸の内も知らず、クロロは下唇を噛み締め
ある決心を固めていた。
今日の団長付きの護衛は、ヒソカとシズクだ。
シズクを撒くのは簡単なんだ。
漫画を読み始めたら、俺が側にいようといまいと
何も分からなくなっちゃうから。
ヒソカの方はそうはいかないけど‥‥
でも大丈夫。
ヒソカは変態だけど事情を話せばちゃんと分かってくれるんだ。
こういうことに関しては、シャルなんかよりよっぽど物分りがいい。
ヒソカはちゃんと話せば新発売のイチゴプリンがどんなに
魅力的かって事を分かってくれる。
ヒソカは大人だからな。俺とは大人同士で、話が合うんだ。
そんな訳で、シズクが漫画に没頭しだした頃を見計らって
俺はヒソカに声をかけた。
「なぁヒソカ。お前知ってるか?今日はクリコから
『丸ごとイチゴプッチンプリン』が新発売される日なんだ」
「へぇ、それは初耳だね。で、クロロはそれを食べないのかい?」
「うーん、問題はそこなんだ。
もちろん俺は今日起きたらすぐにウボーさんに店へ行ってもらって
店に並んだばかりのプリンを全部盗ってきてもらうつもりだったんだけど」
「うん?そうはしなかったのかい?」
「だって朝はまだ、シャルが居たじゃないか。
昨日シャルに、今日はおやつ抜きだって言われちゃったんだ。
ウボーさんに内緒で頼もうと思ったけど、シャルと一緒に出かけちゃったし」
「それはヒドい事を言うねぇ、シャルナークも。
君がこんなにそのプリンを楽しみにしてるって事が分からないのかな?」
「ヒソカもそう思うか?俺もそう思うんだ。
シャルだって楽しみにしてるはずなのに今日に限ってそんな風に言うだなんて
意地悪するにしても、子供っぽすぎるよな」
「‥‥で、クロロはどうしたいの?」
「それなんだけど、勝手に一人でアジトから出ちゃいけないのは
知ってるけど、今日だけはそんな事言ってられないと思うんだ。
だから俺がプリンを買ってくるまでの間、見逃して欲しい。
それからお金も貸して欲しい。俺、シャルとパクにお金を持ってちゃいけないって
言われてるから‥‥。でもそんな大金を借りるのは悪いからな。
とりあえず、3個分‥‥5個‥‥えーと、やっぱり10個分、借りてもいいか?」
「そんなことはいいけどさ、やっぱり君を一人で外出させるわけにはいかないな」
「‥‥そうか‥‥‥」
ガックリと肩を落とすクロロに、ヒソカは僅かに目を細める。
「一人でっていうのは無理だけどね。何かあったとき、僕の責任問題だろう?
だから僕と一緒っていうのならいいよ。二人で店に行って、10個でも20個でも
プリンを買って皆には内緒で食べるっていうのはどう?」
「本当か?やっぱりヒソカは話が分かるよな!
今日の団長付きがヒソカで、俺は本当についてるな!」
「そうかい?僕も今日が団長付きの当番で本当にツイてるよ」
「うん、そうだな。俺がおやつ抜きの日はみんなもおやつを食べれないから
ヒソカも新発売のプリンを食べ損ねるとこだったよな!」
クロロの言葉にヒソカは艶然と微笑んだ。
シズクに気づかれぬようアジトを出た二人が目当ての店に行くと
棚にはちゃんと『丸ごとイチゴプッチンプリン』が山のように並んでいた。
クロロは目を輝かせ、その夢のような光景に言葉も出ない。
「どうしたんだい?買わないのかい?」
ヒソカの言葉に我に返って、両手に2個づつ胸に3個抱きかかえ
「ヒソカ、あと2個は乗ると思うんだ。腕の上に乗せてくれ」
そう言って振り返ると、ヒソカが店のカゴを手に佇んでいる。
「ほら、これを使うといいんじゃない?」
クロロの頬がバラ色に染まった。
「ありがとうございましたー」
店員の声に送られて店を出た二人の手には
一番大きなサイズのレジ袋が2袋ぶらさがっていて
どちらもプリンでいっぱいに膨らんでいた。
「こんなにいっぱい買ったんなら、皆にも分けてあげないとな。
2個づつ、分けてあげたっていい。なんて言っても新発売だからな。
皆も楽しみにしてると思うんだ」
「でも、マズいんじゃないのかい?
シャルナークにばれたら怒られるんだろう?」
ヒソカの言葉に、キラキラと輝いていた黒い瞳が一瞬で曇る。
長い睫を伏せる。
「それにこっそり僕たちだけで食べるとしても、アジトで食べたりしたら
すぐにバレちゃうよね。空の容器とか、匂いとかでさ。
シャルナークはそういったことに、やたら鼻がきくからね」
「う‥‥ん‥」
おぼつかない返事をするクロロの瞳はいつにも増して潤んでいて
ヒソカは悪巧みの成功を確信する。
「やっぱり‥‥シャル、怒るよな。隠れて内緒で新発売の
プリン食べたりしたら、傷つくよな」
クロロの落胆の方向が思わぬ方に向いてちょっと慌てるが、修正は訳は無い。
「そんなことを気に病む必要はないと思うな。
だって彼はクロロにイチゴプリンを食べちゃダメだって言ったんだろう?
こっそり食べるより、食べるなって言う方が悪いんじゃない?」
「‥‥そうだよな。シャルがダメだって言わなかったら、コッソリ食べる
必要なんてなかったんだ」
「そうそう、その通り。そんな理不尽なことを言う彼に見つかって
また怒られるなんて馬鹿げてるだろう?
だからこれは、絶対に見つからないように二人だけで
食べなきゃいけないんだ。だからどうだろう。
僕の家で食べてすぐにアジトに戻れば、きっとバレないと思うんだけど」
驚いたようにヒソカを見上げたクロロの瞳は真ん丸で、リスのような
白い前歯をのぞかせて少し開いた唇はイチゴのプリンより愛らしいピンク色だ。
ヒソカもつられて少し微笑むが、その口元に浮かぶ企みを隠し切れない。
「ヒソカは頭がいいな!俺も色んな事を知ってる方だとは思うけど
こういう悪巧みに関しては、やっぱりヒソカは頼りになるな!」
「美味しいものを食べる為の悪巧みに関しては特に‥‥ね」
ヒソカは目を細め、ねっとりとした視線で、大切そうにプリンの
入った袋を胸に抱えるクロロを見た。
何もかも、計画通りに進んでいた。
アジトでクロロに相談を受けてから即興で思いついた計画ではあったけど、
難なく彼を自室に招きいれ、親切にフタをあけてやる振りをして
催眠薬やら催淫薬やらがてんこ盛りに交じり合った薬を振りかけて渡す。
そしてクロロは何の疑いなくそれを受け取り、目を輝かせている。
もどかしくスプーンを握り、今にもプリンを口にしようという、
ちょっとすぼめて微笑んだ口元が愛らしい。
確かにその次の瞬間、思いついたように顔を上げて彼が言った言葉は
計画外といえば計画外だったけど‥‥。
「なぁヒソカ。これはいつも食べてるプリンとは違うんだ。
今日発売されたばかりの、全く新しい丸ごとイチゴ入りで味もイチゴの
特別なプリンだ。だからただガツガツと食べるのは失礼だと思うんだ。
これはやっぱり、甘いココアを飲みながら一口づつ味わって食べるのが礼儀に
かなってると思うんだけど」
「でも生憎、ウチにはココアが無いんだよ。コーヒーじゃダメかい?」
「うーん、でもイチゴのケーキにまぶしてある粉は、大抵ココアだろう?
コーヒーよりも、ココアの方がイチゴには合うっていうのは
おやつ業界の常識ってことじゃないかな」
「そうなのかい?僕はその辺のことに詳しくないから分からないけど‥。
でも君がそう言うなら、ココアを買ってこよう。
大人しく君がここで待ってるならね。手持ち無沙汰なら
もうプリンを食べていてもいいからね」
どうせ薬が効いてくるまでは暇なんだ。
帰るまで、クロロが目の前のプリンを我慢できるとは思えない。
それにこれから得られる目くるめく快感を考えれば、少しくらい
我侭を聞いてやってもバチは当たらない。
部屋に戻ればクロロはぐっすりと眠っているだろう。
まずはコートは残して下半身だけを脱がせよう。
露わになったミルク色の腿やあんなトコやこんなトコも
十分目と舌で味わって、それが済んだらコートも脱がせて
あんなコトもこんなコトもしちゃって、その後は‥‥。
もうすぐ現実となるだろう妄想に軽く目眩を感じながらヒソカが
腰を上げると、クロロが喜色満面の顔で言う。
「悪いな!いつもは昭和屋のココアって決めてるけど
今日はヒソカの好きなココアでいいぞ!」
「それはありがとう」
ヒソカは部屋を出て、近所のコンビニで適当なココアを調達して帰った時
部屋が山積みの未開封のプリンと食べかけのを1つを残し
もぬけの殻なのを見て、計画が珍しく失敗したことを知った。
もしかしたら、戻っているかもしれない。
そう考えてアジトに急ぐと、中は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
「ヒソカも一緒になって消えてるってのはどういうことよっ!」
パクノダの金切り声が聞こえたところでひょいと顔を出す。
「‥‥ヒソカ‥‥‥!」
気配に気づいて振り返ったマチが腹の底から搾り出すように
低く言うと、全員が一斉にヒソカに詰め寄る。
「‥‥アンタっ!団長をどこへやったのよっ!」
「白状するね。言う気がなくても言わせるね」
「‥‥ちょっと待ってくれないかな。僕もクロロを探してるんだ。
トイレに立ったきり、戻らなくてね。
でも見つからなくて、もしかしたら戻ってるかもしれないと
見に来たところだよ」
いつも粘つくような視線でクロロを狙う嘘つきヒソカの言う事など普段は
全く信用しない団員達だがクロロがこっそりアジトを抜け出すのは
何も今回が初めてじゃない。しかもヒソカが一人で戻ってきたのを見て
不快指数満点の顔ではあるが、みんなヒソカの言う事を信じたようだ。
しかしここにも居ないとなると、本当にどこへ行ったんだろう。
やはり今回は急場の計画で十分な準備ができなかったのが
マズかった。
飲ませる薬はいつも念入りに調合するが、その暇もなかったし
仕方がなく有り合わせの薬で適当な配合にしてしまった。
毎回毎回その手の薬を飲ませるうちに、普通の催眠剤では
効果が薄れたのかもしれない。
ヒソカがそう考えてる間にも、団員達のボルテージは上がってくる。
「とにかく探そう!」
シャルナークの一声が合図になって、全員がアジトを飛び出していった。
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