「続・約束」-02 ------------------------------------------------------------------------ ジンを敵と認めたカイトが向き直り、何の躊躇もなく一瞬 揺らいだかと思うと、すでに姿が消えていた。 ゴンとキルアが息を呑む間もなく、ジンの上体がわずかに傾ぐ。 と、そのすぐ傍らに、刀を振り下ろしたカイトの残像。 一太刀、二太刀。 ジンは相手の力量を見極めるように、その場から動かず 上体の移動だけで攻撃を避わす。 カイトのスピードが一気に増す。 刀の突っ先がジンの左肩を狙い、千切れた衣服が宙に舞う。 刹那、ジンの左手はカイトの右手首を捉え 右の拳はみぞおちに喰い込んでいた。 ゆっくりと崩れ落ちるカイトの体を、ジンがすかさず受け止める。 ゴンとキルアは、しばらく凍りついたように立ちすくんだが ジンがそっとカイトの体を横たえるのを見て駆け寄った。 「カイト・・・!」 「ジン・・・カイトは、カイトは助かるの・・・?」 ジンは二人の問いには答えず、カイトの額、頬、胸と手の平を 押し当て、何事か確認している。 落ち着いた表情だが、その仕草には焦燥の色が見られる。 しかしやがて、ほっとした顔で天井を仰ぐと 「どうやらギリギリ、間に合ったようだな。 こいつを操る蟻が始末されて、また骸に戻った後じゃ元も子もなかった。 さすがのジーサンも、そこまで余裕はなかったろうし だから俺を呼び寄せたんだろうが・・・」 独り言のようにつぶやくと、カイトの頭を膝に抱き起こす。 ・・・骸?じゃあ、カイトは一度・・・・。 「ねぇジン!カイトは・・・」 焦れて再び問いただすゴンに、初めて気づいたように顔を上げる。 「あぁ・・・お前ら未成年だろ。 こっから先は18禁だ。向こうへ行ってろ。こっちは見んな」 「・・・・はぁっ!?」 「うるせェ!時間がねぇんだ、あっちへ行けったら行けっ! そこのでかい柱の陰にでも居て、こっち覗くんじゃねーぞっ」 何のことやらさっぱり分からないが、時間が無いと言われれば 仕方が無い。すごすごと柱の陰にまわるが 見るなと言われて見ずにいられる2人ではない。 そっと頭の先だけのぞかせて、様子を伺う。 ジンが一度深呼吸をした。凄まじい集中力で意識を高めるのがわかり その体を包み込むオーラが、今度ははっきりと見えた。 しかし通常の練ではない。 青白い、命が燃える様な熱のない炎。 薄くジンの体を覆っていたそれが、徐々にカイトの体をも覆っていく。 そして2人の体が完全にオーラに包まれた時、ジンはゆっくりと顔を伏せ カイトに口付けた。 「あっ・・・!」 思わず声を上げたゴンの口を、キルアの手が慌てて塞いだ。 しかしその手も、じっとりと汗ばんでいる。 唇の辺りの光が、より一層明るさを増し 時々火花が飛び散るように白くスパークする。 ほんの数十秒の時間のはずだが、その神々しいまでの 神聖さに、永遠に近い時間が流れたように感じられた。 やがてジンが顔を上げ、片膝を立てた姿勢から 後ろに崩れるようにどっかりとあぐらをかく。 いつの間にか体を包んでいた炎は消えていた。 我慢しきれずにゴンとキルアは柱の陰から飛び出し 再び駆け寄る。 「何だ、おめぇら・・・あれほど見るなって・・・」 ジンが口を開くが、その声に先ほどまでの迫力は無い。 顔は青ざめ、疲れ切っている。 しかしカイトを見ると、土気色だった肌は元の健康的な白さを 取り戻し、頬には赤みが差している。 「カイト、良かった・・・!」 安堵しきった様子でゴンが膝をつく。 キルアは傍らに立ったまま拳を握り締め、顔をくしゃくしゃにしている。 見守る内に、カイトがゆっくり目を開いた。 「・・・・よぅ、気分はどうだ」 ジンが懐かしげに声をかける。 「ジンさん・・・?ここは・・・俺は、どうして・・・?」 「カイトっ!カイトっ!!俺、本当にゴメンっ!!」 「俺が・・・俺があんな、でも絶対生きてるって、俺・・・」 「あぁ・・・ゴン、キルア。助かったんだな。でも、えーと・・・?」 「ほらほら、おめーら!ちっとは静かにしろっ! カイトを困らせんなよ、ったく・・・」 そんな3人を、カイトは穏やかな、しかし不思議そうな顔で 見上げ、体を起こした。 「大丈夫か?」 その背中に手を添えながら、ジンが聞く。 そういう自分も、自分の上体を支える為に片手は後ろについたままだ。 「・・・はい。でも、ここは・・・キメラアントの巣の中、か・・・。 おかしいな。俺は昨日まで鬱蒼としたジャングルに居たような・・・」 「それは俺の記憶だ。生気と一緒に意識が流れ込んだんだろ」 「・・・・・?」 「ああ・・・お前の体ん中は空っぽだったからな。 生気で満たして、お前を操作していた念を追い出した。 まぁ除念師の真似事くらい、訳はないさ」 「じゃあ、俺はやっぱり一度・・・」 しかしジンに特質系の能力は無いはずだから 除念師のように念で念を払ったわけではないだろう。 単に己の生命エネルギーの大半を注ぎ込み 生ける者を操作するには不十分だった念が結果的に払われた。 それに除念師の能力では、念を解除しても元の骸に戻るだけ。 それしか方法は無かったろうが・・・。 「でも・・・そんな事したら、いくらジンさんだって・・・」 言いかけて、カイトは止める。 そんな事をクドクド言っても、ジンを困らせるだけだろう。 二人のやりとりを聞いて、ゴンとキルアにも事情が分かってきた時、 ふいに体が軽くなったような気がした。 「・・・・あ」 ジンが宙を見上げながらつぶやいた。 「どうやらジーサン達が、蟻の王様をやっつけたようだぜ。 あとはちょっとは使える奴が、一匹・・・二匹・・・ まぁ親玉をやったんなら、後はそんなに手間はかからんだろ。 おら、ジーサンが老体に鞭打って頑張ってるってのに、 お前ら加勢に行かなくていいのか?」 ハッと気づいたように、ゴンが立ち上がり 「じゃあカイト、また後でねっ!」 そう言い残して駆け出した時、ジンが呼び止める。 「あーちょっと待て、ゴン。 その"後で"は、かなり先になるかもしれんぞ。 お前次第じゃ、もう無いかもな」 「・・・? どういう事?」 「今回は俺が勝手に姿を現しただけで、お前が見つけだした訳じゃない。 だから俺はまたトンズラするが、修行の足りないコイツも連れてく。 カイトに会いたきゃ、また鬼ごっこだ。ちゃんと百数えてから追ってこいよ」 「うんっ!わかった!!」 ゴンは大きく頷き背中を向けるとキルアと共に 後も見ないで走り去る。 その後姿をぼんやり見送った後、カイトはジンに視線を移した。 「ジンさん・・・」 「うん。お前も大分成長したかと思っていたが、蟻にやられてるようじゃ まだまだだ。こんなんじゃ、またいつ俺との約束を反古にされるかわからねぇ。 だから、鍛え直してやってもいいと思ってな。」 約束・・・? あぁ、あんな昔のことを、よく覚えて・・・ カイトの口元が、少し綻ぶ。 「しかしまぁ・・・お前が良ければの話だがな。 どうだ、来るか?」 「・・・はいっ」 カイトに異存があるはずもない。 またジンさんと旅に出て、胸が躍るような冒険が出来る。 そして疲れたら、二人してあの家に戻って休めばいい・・・。 「そうと決まったら、こんな辛気臭い場所に長居は無用だ。 とっととおん出て、家で一休みだ。 ・・・と、その前に。お前はここで、やり残したことはもう無いか?」 ジンの言いたいことはすぐにわかった。 自分の右腕と首を切り落とした者の姿が脳裏に甦る。 信じられない強さだったし、その禍々しいオーラは先ほど目覚めた時から この巣の中に感じていた。 しかしそれも、急速に弱まっている。 復讐なんて、俺の柄じゃない・・・。 「別に、ないです。 随分と強くなったゴンとキルアが暴れまくるでしょうし もう俺の出る幕はないですよ」 「・・・そっか。じゃあ、行くとするか」 二人して、支えあうように立ち上がる。 「・・・情けねぇなっ!フラついてんじゃねーぞ、カイト」 「そういうジンさんも、膝が笑ってるようですが・・・」 「うるせー、お前に言われたかねぇ」 ヨタヨタと体を寄せ合い、笑いながら外へ出ると 空は雲一つない秋晴れだった。 ------------------------------------------------------------------------ ブラウザ back