「弟子入り」-02
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次の日から、リハビリを兼ねて周囲の森を歩き回った。
そこはカイトにとって見るもの全てが新鮮だった。
スラム街で目にすることが出来たのは、ガレキのような灰色の建物と
乾いた風に舞う土埃。夜になってもそれに毒々しいネオンが加わるだけだった。
うまい言葉は見つからないが、この世にこんなきれいな場所があったのかと思う。
風のざわめきで様々に形を変える木洩れ日の中を歩く。
上を見上げると頬の袋をどんぐりでいっぱいにしたリスと目が合う。
カイトが興味津々に見上げていると、リスも負けじと真ん丸な目で
カイトを見つめ返してきた。
亭主に殴られた女の悲鳴のかわりに聞こえてくるのは涼々とした川のせせらぎ。
近づいて覗き込むと透き通るような水の中を泳ぐ魚たちが、やわらかい光に
鱗を虹色に反射させている。
そして夕暮れになってやっと歩き疲れていることに気がつくと
カイトの足は自然に己の家へと向かって歩いていった。
ジンといえば、毎日リビングのソファに腰を下ろして書類を眺めたり
小さな木っ端で組み細工のような箱を作ったりしている。
その顔は、まるでプラモデルを作って喜んでいるガキみたいだ。
時々どこかに連絡してるのか、それとも連絡がくるのか、テーブルの上に
意味不明のメモが散らかっていて、ジンはそれを見ながら突然大声で笑ったり
ブツブツと不満げにつぶやいている。しかし家から出ている様子はない。
ハンターってのは案外暇な商売なのかな。
それでこんな家が手に入って日々の生活にも困ってないようなのだから
楽な商売かもしれない。だがこの男が選んだ仕事だ。何か裏がある気もする。
結局よくはわからないが俺もそのハンターとやらになってみるのも
悪くないかもな・・・。
そんな風に思いながらジンを眺めていると、その視線に気づいたのか
こちらを向いて口を開いた。
「あー腹が減ったな。お前は?」
「少し」
「そうか。じゃ、メシ作れ」
返事もせずに台所へ行くと缶詰の入っていた戸棚は空っぽになっていた。
もしかして、あの気が遠くなるほど遠い人里まで買いに行くのかよ・・・。
しかし一応世話になっている身だ、仕方が無い。
ジンのそばに寄り、手を差し出す。
「金」
ジンはあからさまに溜息をつく。
「そろそろ口の利き方も覚えねーとな」
「・・・・なんだよ」
「金、ください」
「・・・・・・金、ください」
むっつりと復唱すると、ジンは財布を取り出して顔も上げずにそれごと
カイトの手に放り投げた。
「急げよ、走ってけ」
ドアを閉める直前に、ジンの声が言った。
まったく、俺がこれ持ってトンズラしたらどうする気なんだろうな。
そう思いながらも何となく奴が言うとおり駆け足で街へと急ぐ。
確か、この辺に・・・あったあった。この店だ。
カイトは目当ての夕食を調達すると一気に山を駆け上った。
傷はもう、ほとんど痛まなくなっていた。
家に戻るとジンはまだソファにいた。
近づきながら言う。
「メシ」
「買ってきました」
「・・・・・メシ、買ってきました」
テーブルの上に食料の入った袋をドサリと置く。
「何だこりゃ」
ジンは頬杖をつき目を半分だけ開いた白けた顔で言った。
「見りゃわかるだろ、ハンバーガー」
カイトも負けじと白けた声で言う。
そうするとジンは完全に目をつむり、口をへの字にして鼻で息をついた。
そしてやおら立ち上がるとカイトの頭を拳で張りたおした。
「・・・・ってーーーなっ!何すんだよっ!!」
「俺はお前にメシを作れと言ったんだ。
これはハンバーガー屋の親父が作ったメシだろ」
「じゃ、どうすりゃよかったんだよ」
「八百屋で野菜を買って、肉屋で肉を買って、お前が作れ」
「八百屋の野菜だって、農家の親父が作ったもんだろっ」
言い終わるか終わらない内に今度は尻を蹴り上げられた。
・・・・ちっくしょーーー!!
あの親父、いつかブッ殺してやる!
心の中で叫びながら、カイトはもう一度山道を全速力で駆けていった。
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